2001-11-30

リンゴ、さくら、林檎

思い出の絵葉書  (4)



五月 

「芳しい薫りがテラスに漂いわれらが古き林檎の木、花開く」
 春になるといつもこの詩を思い出す。西永福の桜の木を眺めながら、いつしかデブレツェンの庭を僕は想像している。果物の木々が綺麗な花嫁さんのようになって、そのまわりを蜜蜂が飛び交っている庭。そう、僕がどこに住んでいようと故郷は存在する。再生は訪れる。
 高校時代の文学の先生、キシュ・タマーシュ先生。僕たちは彼のことを、顔に刻まれている皺のために実際の年齢より上にみていた。「文学は心の安らぎ」を信条とする、優しい先生と評されていた。が、先生の口からこの言葉を直接聞いたことはなかった。
僕は先生からなにを学んだのだろう? 三十年経った今、「オデュッセイア」や先生自身が
小説にまで描いた詩人チョコナイについて、彼が何を語ったか思い出せない。
 ただひと言、1970年に先生が口にした言葉を僕は今でもはっきりと憶えている。その時先生が教室のどこに立ち、窓から空の彼方をどんなふうに眺めていたか。彼の声の響きもはっきりと聞こえる─ あたたかく躍動する響き─驚くこと、夢見ることのできる人の声を。
「インドを、運んできてくれるんだね!」
 先生は僕たちのことを理解している。よろこびに僕は身震いした。なぜ、僕たちがそのグループ、四人のイギリス人に夢中になっているのかわかってる。アジアに行き、ツィターまでも演奏に取り入れ、東洋からインスピレーションを受けた若者たちに。