思い出の絵葉書 (9)
十月 同級生からの葉書

デブレツェンを舞台にした小説を書いた作家の一人、モーリツ・ジグモンドは、この町で学生生活を送った。彼の小説の主人公、小さな村で育った純粋な少年ミシ君がデブレツェンの有名な学校に行くことになった時、お母さんは少年に「いい子でいてね、死ぬまでずっといい子でいて」という言葉を贈った。この言葉がモーリツの小説の題名になった。
60年代、「死ぬまでずっといい子でいて」のモノクロ映画が撮られた頃の広場は、この絵葉書の時代、世紀末の頃とあまり変わらず、僕たちが子どものとき、毎日窓から見ていた風景そのものでもあった。撮影のためセットを変える必要はほとんどなかった。僕たちは寝室の窓から撮影風景を眺めていた。今でも、靴のあのカチャンカチャンという音、馬車の間の石畳を急ぐミシ君の足音が僕には聞こえるような気がする。撮影隊のライトの光のなかに浮かぶ主人公の姿とともに。
この葉書はPさんという昔の同級生が、東京の僕のところに送ってくれたものだ。高校生の時、僕も彼女もデブレツェンからできるだけ遠い大学、ブダペストの大学に入りたかったので、小説の終わりのほうに出てくるもうひとつの有名な言葉を笑いながらよく口にした。それは、大人の世界が厭でたまらなくなったミシ君が泣きながら「もう、僕はデブレツェンの学校にはぜったい行きたくないよ!」という言葉である。
数年前のある夜、Pさんと一緒にデブレツェンの劇場に行った。あの静かな、哀しいほど美しい小説「死ぬまでずっといい子でいて」は、けたたましいロック・ミュージカルに焼き直されていた。

デブレツェンを舞台にした小説を書いた作家の一人、モーリツ・ジグモンドは、この町で学生生活を送った。彼の小説の主人公、小さな村で育った純粋な少年ミシ君がデブレツェンの有名な学校に行くことになった時、お母さんは少年に「いい子でいてね、死ぬまでずっといい子でいて」という言葉を贈った。この言葉がモーリツの小説の題名になった。
60年代、「死ぬまでずっといい子でいて」のモノクロ映画が撮られた頃の広場は、この絵葉書の時代、世紀末の頃とあまり変わらず、僕たちが子どものとき、毎日窓から見ていた風景そのものでもあった。撮影のためセットを変える必要はほとんどなかった。僕たちは寝室の窓から撮影風景を眺めていた。今でも、靴のあのカチャンカチャンという音、馬車の間の石畳を急ぐミシ君の足音が僕には聞こえるような気がする。撮影隊のライトの光のなかに浮かぶ主人公の姿とともに。
この葉書はPさんという昔の同級生が、東京の僕のところに送ってくれたものだ。高校生の時、僕も彼女もデブレツェンからできるだけ遠い大学、ブダペストの大学に入りたかったので、小説の終わりのほうに出てくるもうひとつの有名な言葉を笑いながらよく口にした。それは、大人の世界が厭でたまらなくなったミシ君が泣きながら「もう、僕はデブレツェンの学校にはぜったい行きたくないよ!」という言葉である。
数年前のある夜、Pさんと一緒にデブレツェンの劇場に行った。あの静かな、哀しいほど美しい小説「死ぬまでずっといい子でいて」は、けたたましいロック・ミュージカルに焼き直されていた。
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