2001-03-14

思い出の絵葉書 (12)

一月  セピア色に


─なんて素敵かしら、夏の昼下がりにデブレツェンの「金の雄牛」ホテルのテラスに座っているのは。そう、ブダペストはずいぶん変わってしまったわ。クルーディや仲間の作家たちが出入りしていた「日本カフェ」は本屋さんになってしまったし、アンドラーシ通りの喫茶店にはニューリッチのビジネスマンたちがたむろしている。でも、「金の雄牛」のテラスで時を過ごしていると、今でも本当の田舎町の人たちを眺められる。どことなく古いハンガリーの雰囲気に浸ることができる。親しみのある、堕落していない空気に。私たちを取り囲むこの汚くて複雑な大都会、東京とはなんて違うんでしょう。─知り合いの優しい日本女性がこう言った。
 ちょうどその頃、僕はデブレツェンの現代作家、タル・シャーンドルの暗い小説を読んでいた。ホームレスのアル中の人々の話、罪や絶望に沈む障害者たちの話。彼らはまるで呪いにかけられたような未知の町の中でもがいている。遠い遠い世界、僕の思い出のデブレツェンのイメージとはまったくかけはなれた。
 無知の殻で守られた、外国女性の気遣いのこもる言葉。そして、距離に守られ思い出を語る人の言葉。その距離は、若き日の町をセンチメンタルにセピア色で描くよう誘惑する。
 もし機会があったら、デブレツェンを訪れてみませんか。誰かに絵葉書を書きたくなるかもしれません。